私は本屋に「ふらっと」入ることはない。必ず目的を明確にしてから入店することにしている。本屋という圧倒的な知識集約の場に、アウトプットを意識せずに飛び込むのは無謀である。気づいた時には「勉強した気になるには十分ではあるが、実際は必要のない知識」をインプットしているからだ。

 

バスケットボールの勉強も同様である。「バスケットボールをどのように勉強するべきか?」を考える前提として、なにをアウトプットしたいか?する必要があるのか?が明確でなければならない。なにも考えずyoutubeのアイコンをクリックするのは、なにも考えず本屋に入ることと同じ結果になる。

 

以下のエントリーでも書いたが、私は必ずグレートゲームやグレートコーチから学ぶ。グレートのグレートたる所以は、それが本質的で普遍的であることに尽きる。1つのグレートゲームにゲームの本質が集約されていて、1つのグレートコーチの言葉にコーチの本質が集約されているのだ。

cagers024.hatenadiary.jp

 

ではなにをもって、グレートとするのか。この点は個人の裁量によるものだ。誰しもグレートから学ぶことに異論はないだろうが、「これが万人にグレートである」というものは存在しない。多くの人がグレートと認めるコーチKでもよいが、隣にいる人間がグレートであってもよいはずだ。

 

私にとっては、福井県にいる以上、常に劣勢の状況で戦いながらも、選手の特徴を発揮し輝くことで勝利を収める、そんな試合がグレートゲームとなる。選手の能力・チームの総合力が最大化される(アウトプット)ための方法はどのようなものか(インプット)?そして今日もyoutubeのアイコンをクリックし、書籍を貪るのである。